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3-79 スーパーの台と愛着関係について考えてみた

Guoぱんだです。

 

数日前…

食材の買い出しに行きました。

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レジが終わり、買い物袋に物を詰めていると、隣に子ども連れのお母さんがやってきました。

そして娘にこう言うのです。

「あー、もう〜しょうがない〜。〇〇(女児名前)、落ちないように見ててよ」と…

なになに?何が落ちちゃうの?と思いながら、Guoぱんだはそのまま袋詰めを続けていたのですが、次の瞬間、台に置かれたカゴとカゴの間に、丸々とした赤ちゃんがポイと置かれました。お母さんも考えてますよね。自分と他人の間に赤ちゃんがいるようにしています。反対側に置いたら落ちそうになっても他人は助けてあげられませんから…ちなみに何かに包まれているわけではなく置かれたのは “赤ちゃん” のみです😅

Guoぱんだ、目が赤ちゃんに釘付け。一瞬、巨大な肉の塊かと…💦

 

食べ物の間に置かれた赤ちゃん。

トマトの横にいる赤ちゃん。

 

コロッケを持つ手が止まります。

…食べ物の間に赤ちゃんがいると、赤ちゃんが美味しそうに見える〜〜

 

そんなことを考えながら赤ちゃんが落ちないように気をつけながら、自分の荷造りをするGuoぱんだ。

 

お母さんはチャッチャと袋に物を詰め込むと、娘に「ありがと〜〜見ててくれて〜見るの上手じゃん」と声をかけ、赤ちゃんを抱くと、風のように去って行きました。

 

 

子どもとの愛着関係や親が子どもに愛情をもって接しているのかを判断する時に、とかく清楚なイメージや、丁寧な言葉遣いをしている方をそれが出来ていると感じ、見た目が派手だったり、言葉遣いの悪い方を見るとそれが出来ていないと感じる傾向があります。

しかし、見た目で判断するのは、実にいい加減なことであるということが感じられます。清楚で丁寧な言葉を使えても、子どもに響かない関わりや、そもそも関わりを持たずにいれば、それは見た目の雰囲気に騙されているだけで、実は愛着関係の成立はおろか、子どもに愛情を注いでいない人だっているのです。

まさにこのお母さんは、乱暴な言葉遣いに、風貌もヤンチャ風。

肉の塊のようにぞんざいに扱われた赤ちゃんとお母さんの関係に、一瞬ヒヤリとしましたが、娘に対する声かけ、娘を自然体に褒める姿を見て、なかなか素晴らしいお母さんであることが感じられました。

 

 

さて、Guoぱんだといえば、その後持っていたコロッケを落とし、危うく中身が台や床に落ちそうになり、焦りました。

落ちなくてよかった〜😅

 

最後に…

用意してあるところもあるのでしょうが…

首の座らない赤ちゃんを買い物に連れてこなくてはならないお母さんもいることを考えると、荷物を袋に入れ替える台に、赤ちゃんが寝かせられる台付きの台を一つ用意してあげてほしいなと。

ツルツルしている平面の台の上に、台から足をはみ出して赤ちゃんが転がっているのは実に怖いものです。