7-313 頭の痛い保育者に気づく子、気づかない大人… ✳︎2017.2.26の記事より
Guoぱんだです。
本日は2017.2.26の記事より、メッセージを…
ある冬の日の午後、年長児は昼寝をしないで自由遊びを楽しんでいました。
Guoぱんだは…といえば、連日の身体の酷使により、その日は頭や顔面が痛くなるほど肩は凝り、キンキン声が妙に頭に響いて苦しんでいました。
もちろん子どもたちには黙っていました。
さて、この時の園のS看護師さんはものすごーーーーくキンキン声の方で、話が必要以上に長い方でした。
頭を抱えながら子どもたちを見守っていたGuoぱんだのところにそのS看護師がやってきました。
なんと運の悪い…
Guoぱんだが不調なことは興味がなさそう…
いつものように話をされたら、頭が更に痛くなりそうだったので、S看護師が話をする前に伝えました。
「ちょっと不調なので、悪いけれど小さい声で端的に話をお願いします」と…
が、S看護師は御構い無しに弾丸のようにキンキン声で話をして、自分の聞きたいことだけ聞くとさっさと戻っていきました。
…うーん、あの人、たしか看護師だよなぁ…頭痛そうに抱えている職員は心配じゃないの?と思いながら更に痛くなった頭を抱えてると、Tくんの声が聞こえました。
T「先生…大丈夫?頭痛いんでしょ?」
G「ありがとう。Tくん大丈夫だよ。ごめんね。心配かけて」
T「ママもよく頭痛い時は辛そうだからわかるよ。肩揉んであげる」
…なんとやさしいTくん。
Tくんの優しさで、なんとかその日を乗り越えたGuoぱんだでした。
Guoぱんだとの関わりの少ない大人(専門職の看護師)よりも、常に生活を共にする(この時は2年間共に過ごしていた子どもたち)年長児の方が、ずっとGuoぱんだの様子や変化を把握しているのです。
逆に保育者も常に生活を共にしている一人ひとりの子どもたちの微妙な変化や様子に気づけないといけないですね。
Tくんを通して大切なことを感じることができました。