Guoぱんだです。
昨日は、親戚集まりのために、朝から怒涛の準備を行いました。
横目で箱根駅伝を観ながら…
これは毎年の恒例の行事なので、大晦日、元日からの動きも決まっています。
これが崩れると、もしかしたら余計に疲れるのかもしれません。
例えば「手伝いに行きます」言われても、手伝いに誰かが家に来るということは、手伝いの指示を出す人が欲しくなる…動いている人がいるのに指示を出した人が休憩をしていたらどうよ…などなど、困ったことが起こる可能性もあります。
忙しい中にもちょっとした休憩が自由に取れることや、準備の進め方が自由に決められたり、実は説明するより自分で動いた方が早いことなどを考えると、相手のことを思ってのお手伝いが微妙な状況になってくるなと感じます。
…お手伝いが迷惑、と言っているわけではありません。
家の人以外の人が、その家の中に入って手伝いをするというのは、どんなに親しい間柄であっても、なかなか難しいもの。
「準備が大変だよね。何か手伝えることはないかしら…」と思ってもらう気持ちだけでも十分ありがたいということです。
ただ、いつまでも “今と同じ” 、ではない状況が出てくると思うので、会が長く続くように、お互いに気を使わない方法を編み出していかないといけないのかもしれません。
今年も無事に準備して、会も無事に開催されました。
今日は箱根駅伝復路を見ながら、身体を休めつつの片付けです。
さて、今年の正月飾りは、こんな感じにしてみました。いつも使っていた屏風を紛失😢
バックに何かあった方が重みがありますね💦
締まりが無い…