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6-114 優しい先生 ✳︎2016.6.17の記事より

Guoぱんだです。

 

連休明けも暑いですね💦

そして台風が近づいているので、気をつけたいですね。

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本日は2016.6.17の記事より、保育士さんにメッセージを…

 

園内厳しい保育士ベスト3にランクインするGuoぱんだのような保育者もいましたが、反対に優しいお姉さんでありたいと全身で表現する保育者もいました。

 

Z保育士は自分が主役になってしまう保育者で、自分の気分で子どもを甘やかしたり、子ども一人一人に好き嫌いをつけてしまうところがあります。

自分の保育は素晴らしいと思っていますので、自分と意見ややり方が違えば相手は全て悪者となます。

ですから、子どもたちに節度を持って接する保育者に対して「厳しすぎるのはどうかと思う」と、ことあるごとに周りの人に意見をのべていました。

 

そのZ保育士が新人保育士とクラスを持つことになりました。

クラス運営は自分でしていかなくてはなりません。

今まで悪役をしてくれていた節度を持って子どもに接してきた保育士はそこにはいません。

Z保育士は自分が思う優しいお姉さんでありつづけられたのでしょうか?

 

自分の思いどおりにならないと鬼瓦のように子どもに怒る保育者になりました。

表情からその時の気分がにじみ出てしまいます。

そして子どもたちはZ保育士の言葉には耳を傾けなくなっていきました。

 

振り返りができないZ保育士は気づくことができなかったと思いますが、今まで優しいお姉さん保育者でいられたのにはそれなりに理由があったはずです。

子どもたちの好ましくない行いを正してくれていた人がそこにいたから、自分が言わずに済んでいただけなのです。

 

優しい保育者でありたいと思うことは間違っているとは言いません。

しかし、その“優しさ”とはどんなものなのか、もっと深く考えてみる必要もあるのではないでしょうか。

優しいとは単に子どもを甘やかすことではありません。

ましてや、自分が主役になって、自分の気分で子どもを叱ったり、日々言うことが違ったり、気に入った子どもとそうではない子どもを作ってしまったり、それぞれの子どもに対する態度を変化させることでもありません。

そんな保育者をみたら子どもたちはどうしていいのかわからなくなりますし、子どもたちが不幸でなりません。

 

子どもは物ではありません。

身体は小さくても一人の人間です。

大人の気分で生活が左右されるなど本来ならばあってはならないことです。

 

Guoぱんだは保育士になってしばらくしてから“若い”という魅力だけで保育ができなくなったことに悩みました。

“若い”ということが子どもを引きつける材料になり、子どもたちは「せんせい~」と慕ってくれます。

しかし、時とともにその魅力も当たり前ですが薄れてきます。

 

厳しくなれ、怖くなれとは言いません。

単に優しいことが素晴らしいとも思いません。

自分から、“若い” など何もしなくても持ちあわせていたものを取りさった時に何が残るのか振り返ることで、自分の保育や子どもとの関わりなど向かう方向が見えてくるように思います。

その気づきを保育に活かしていくことで、“優しさ”の捉え方も変化していくのではないでしょうか。